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この日本ではなぜ人口が減るのだろう?27f6a046.jpeg
人口減は避けられないことなのだろうか?
解決先は意外と身近にあるかもしれないという論文。







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人口減少社会への処方箋 ≪再生産を促す新たな循環システムの構築≫

PDF資料 :
 http://imi.or.jp/youtube/basic-income/doc/8/8.pdf
 
 
 【序論】
人口減少社会の実態―現代社会を概観する―
 
 「経済はある一定基準にまで到達すると、あとは安定期または停滞期に入る」と私たちは生まれたときから、家族からまたは学校から教えられ、「不況」と呼ばれる現状と照らし合わせてそれに納得する。私たちを取り囲む環境を眺めれば、そこには物があふれ、写真に写し出される発展途上国の生活環境と比べるとはるかに豊かな生活が現出されている。私たちは今の生活水準がいかに高いものかをそこで視覚的に学び取るのだ。続く中学三年の公民の教科書で私たちは日本経済の盛衰の歴史を垣間見る。一通り日本の歴史を現在の政治・経済体制と関連付けて理解することがこの教科の課題である。

 「少子化」という社会問題も社会保障・人口問題を扱う単元で出てくる重要な要項の一つであり、「子どもの数が減ることで国の労働人口が減っていくため、お年寄りにかかる社会保障費が今後も増えていき、そのため労働に従事する現役世代にその税負担が大きく圧し掛かってくる」という問題を示唆する。公的年金制度によった社会保障システムの崩壊と教育関連産業や産婦人科、小児科といった子どもを対象とする市場の縮小は経済成長を長期にわたって低速させていくもとになることは必至だろう。

 これは日本に限らず労働力を工業化に依拠した先進国ならではの問題であるが、この問題に対して政府は出生率が1.57%を切った1989年から対策を講じていっている。例えば子育て支援のために1994年に策定された「エンゼルプラン」では0-2歳児の保育所の受け入れや休日保育の推進、保護者の育児休業の取得といった要項が盛り込まれ、「新エンゼルプラン」を含めると2004年に渡って支援が推進されていった。続く2004年には「少子化社会対策要綱」が閣議決定され、それに伴って「子ども・子育て応援」プランという実施計画が立てられた。今日に至るまでも「子ども・子育て新システム」といった少子化問題の検討がされているが、政府の行った少子化対策の変遷を見る限りだと、これらの取り組みはどれも似たり寄ったりで、あまり内容に差がない。日本の出生率は2011年6月の地点で1.39%と1989年度時点の数値と比べても下がってきていることは確かであり、更に2011年度の出生数でいえば前年比2万606人減の105万698人と過去最少に、加えて死亡者数は125万3463人と戦後最大の数値を記録しているのである。[出典:平成24年版厚生労働白書 http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/12-2/dl/01.pdf

 この2011年の出生率は前年と変わらないが、日本の人口が減少傾向にあることは、最大の死亡者数と最小の出生数との差し引きからも明らかだろう。また厚生労働省が平成20度に発表した人口動態統計月報年計によると、死亡者数114万2467人に対して10代前半から40代前半にかけての死因を見てみると男女ともに自殺が他の死因に比べて圧倒的に高くなっている。自殺者総数3万197人と照らし合わせてみても、この総数のほとんどは若年層ということになる。

 自殺というもの自体、死因として曖昧なものであるがゆえに、この数値に多少の誤差があるかもしれない。しかしここに提示された数値は自殺として死因が特定されたもので、これ以上増えることはあっても減ることはないだろう。むしろ自殺をする年齢層にこれほどの偏りがあり、心身共に健康状態であるはずの若者たちが自殺をすることによって少子化が加速しているとの見方も可能ではないだろうか?

 そこでこの問題がどこに起因しているのかを、私は教育と経済倫理を再確認しながら現代社会と比較して見ていきたい。子どもたちに私たちは今後どんな社会を語り継いでいければ良いのか、社会の方向性をこの論文を通じて明確にしていきたいと思う。

 
 【第一章】
賢さの再定義―現在の教育を問い直す―
 
 賢い子どもと聞くと、私たちは反射的に成績のいい子について考える。「自分の考えをちゃんと伝えられ、教科ごとの問題もどれも間違いなく解け、先生の言われたとおりに行動できる子ども」というように良好なテスト結果と品行の良さが模範的な子どもの準絶対条件となっている。母親にとってやはり「自分の産んだ子どもには、幸せになってほしい」と望むだろうし、「学校で落ちこぼれになってほしくない」と思うのは当然のことであろう。それは子どもの側も同じかもしれない。勉強することの意味もわからず、学校に行くことを義務づけられ、家族から切り離された空間で一日を過ごす。周りの子どもたちと一緒にいる時間の方が長くなるだろうし、集団の中で一日の大半を過ごさなければならないのだから浮足立った存在にはなりたくない、と思うのが必然であろう。その中で「先生」という母親にも父親にもいた唯一の大人がいて、その大人から学期末に成績という名の評価表をもらう。子どもにとってこの大人は、もしものときに頼れるホットラインのような存在であり、また親にとっては学校での子どもを知る窓口のような存在になっている。この関係が子どもの成長の著しい9年間の間に何の変化もなく安定的に維持されていくならば、子どもを教育する上でさほどの問題も生まれてこないだろう。それどころか母親は子どもを家で教育する手間を省くことが出来るので、子育ての負担は当然ながら軽減する。

 しかし子どもはロボットではない。言われたことを言われたとおりにできないこともあるだろうし、感情のコントロールもうまく出来るわけではない。身体的にも精神的にも個人差があるように、知性の発達にも個人差がある。興味関心もバラつきがあるだろうし、理解力にも当然差がある。人間が生物の突然変異の恩恵によって環境に順応しつつ、少しずつ進化してきたものであるというならば、人間の知性も家庭環境の影響を大きく受けるだろうし、学校の学習環境が全ての子どもの家庭環境に沿ったものであるとは必ずしもいえない。よって「子どもが学校という環境に順応できるかどうか」で見た場合、進化論でいえば「それは平準化できない」ということになるのだ。つまり学校の環境が、子どもが生まれ育った環境に合ったものであるかどうかによって学校での子どもの能力にも差が出てくる、といえる。このことから「賢い子ども」とは、あくまでも学校の環境にすぐさま順応できた子どもであって、その評価は一面的なものでしかない。

 学校と家庭でダメな部分を補い合いながら子どもを教育していき、もしそれが歯車のようにうまくかみ合っていけば、子どもの知性の発達へと結果的に繋がっていく。自分で何かを発見して、自分で解決を図ろうとする「賢い子ども」とは、本来そのようにして育つ子どもではないだろうか? 

 経済との関係で現代の教育を見た場合、やはり教育費に関しての問題を避けることはできない。増大する教育費について「教育費を全額免除すればいい」「奨学金を充実させる」「子ども手当を復活させる」などの政策は、確かに教育費の面で多少家庭の負担を減らすといえる。しかしながら教育のスタイルが競争性とブランド性を志向したものである以上、社会の中での教育の位置づけを変えて、根本的な改革をしていかなければ細かな援助が一時的に国からあったとしても、そこから生まれた余剰は社会へと循環していかないだろう。

 
 【第二章】
 経済活動とは?―経済の始まりからその成り立ちを考える―
 
 第一章で教育に関して見てきたが、教育費に関連して経済についてもここで問い直す必要が大いにあるだろう。私たちはなぜ投資をし、消費をするのか。

 そもそも経済とは、簡単にいえば、それは人と人との関わりの中で生まれるモノのやり取りである。「お互いの持っているモノを交換し合うこと」が経済の基盤となっているのであり、損得はあくまでも受け取る側の主観でしかない。しかしお互いの欲しいモノが一致しない場合はどうだろう?また、このゲームで交わされるカードが物資でない場合はどうだろうか?実はこのゲームではAさんの欲しいモノがBさんからの「信頼」「愛情」「借り」といった無形物だった場合でも成り立ってしまうのだ。交換する者同士の需要と供給さえ一致していれば、ゲームの持ち札は何でも良い。より需要のあるカードを自ら創りだすのも良いし、交換に興味関心のない相手をその気にさせるような交渉術をもってゲームに挑むのも良い。形はどうであれ、経済は個人のやりとりから常に生み出されていく。

 しかし先ほども言ったように、人間の幸福を追求しようとする欲望は数限りないもので、個人間でやり取りするだけでは欲望を十分に満たしきれないのである。一時的に満足感を得られることが出来ても、その満足感は持続せずに、新たな欲望が生み出されていく。そうして再び誰かとゲームをしなければ、とのゲームの連鎖に繋がっていく。ここでまた新たな問題も出てくる。個人の主観をもとに動くゲームの次元では「モノ」を評価するのも個人の主観に委ねられるので、必ずしも需要が一致しない場合も多々ある。交換が成立するかどうかはタイミングによるだけでなく、当人のその場の気分にも左右される。また交換がうまくいかなかった場合には、交換条件に見合う人を新たに探すか、待たなければならない。つまりこのやり方では効率が悪く、供給が安定しないのだ。

 ここで私たちの知る「お金」が出てくる。「お金」という基軸通貨ができたことで私たちはお金を元手に交換をすることが出来るようになった。ただの紙切れであろうとも、場所を選ばずに何にでも交換できることが安心感を生み、先の暮らしを考えながら生活できるようになった。その結果、私たちの生産活動は自給自足の生活をしていた時よりもずっと楽になっただろう。物質的な豊かさと精神的な豊かさは必ずしも一致しないが、人や場所を選ばずともモノがすぐ手に入ることの安堵感は子孫を再生産する上で重要な機能を果たしていったといえる。子どもを産んでもまずはお金さえあれば、モノが与えられる―持っている量が多かろうが少なかろうが、私たちはその額に見合った消費をすることで欲求を解消する。しかし「競争の中で勝ち組にいる人間ほどお金を集められ、得をする」との仕組みが社会にあると、負け組の判を押されたものは何世代にも渡っても勝ち組側に行くこともできず、貧しさに苦しむことになるだろう。そこで子どもを産めば産むほど、お金がかかるとの仕組みそのものを問い直して、逆に産めば産むほどかからなくなる仕組みを構築すべきだと考える。

 
 【まとめ】
 経済の仕組みと教育の見直しから―抜本的な少子化解決策の提言―
 
 以上のようにお金は経済活動を安定させるために誕生した社会的創造物であり、経済の仕組みはお金を基軸とすることで安定していく反面、度が過ぎると暴走する。政府が将来に渡っての労働源を確保するために「教育」を子どもにしていくにせよ、子どもをそこに巻き込むことで社会は良くなっていくのかと、感じざるを得ない。私たちの社会の未来を創っていく人間だからこそ、子どもは共有財産として社会から守られなければならないのであり、資本主義の経済論理を教育論理に当てはめた社会は子どもを不幸にさせるばかりか少子化をより進行させていくといえるだろう。

 第一章で述べたように、教育を子どもに与えることは絶対的に良いことではなく、子どもの成長を阻害する要素もそこには含まれている。経済であれば損得で済む話でも、教育は人間の人格形成に大きく影響するものであるがゆえに施策として失敗することを許されない領域にあるのだ。したがって教育は市場原理に任せずに優先的に政府が保護するべきであり、子育てにかかる資金が総体的に減っていくように序列型の教育機関の廃止、教育内容の刷新、学習スタイルの見直しなどの必要が出てくるだろう。

 そうなるとやはり各世帯には子どもと接する時間と仕事を過剰にしなくても暮らしていけるだけの金銭的な余裕が必要となってくる。ワーキングプアの増加にみられるように金銭的な余裕の持てない家庭が増えてきている中で、「家庭教育をどうにかしろ」と各世帯に要求をするのはあまりに無理がある。家族の収入がただでさえ少なく、教育費を捻出するために稼ぐことに必死になっている家庭は、子どもに教育を施すことよりも食べていくためにどうするかとの問題に悩まされることになる。

 子どもは誰の手を借りなくても大きくなっていくが、将来何らかの問題にぶち当たったときにそれに対処できるかどうかは、教科書を使って学ぶ「勉強」では学べない。教育はどれだけ知識があるかというよりも、「既存のものからどれだけ新しいものを生みだしていけるか」を養成するものであって、子どもとの接し方一つ取っても簡略化できない。

 だからこそ政府が、子どもと親とが一緒にいられる時間を創り出していかなければならないのであり、そこに重要な働きをするのが『ベーシックインカム(すべての人に対して最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を無条件で定期的に支給すること)』なのである。各世帯の経済的な不安がベーシックインカムによって少しでも解消されていけば、既存の子どもたちの教育環境が良くなるばかりでなく、これから生まれてくる子どもも増えていくだろう。各世帯の消費活動も活発になるであろうし、子どももそのなかで今以上の経験をしていくことになる。どんな人間であれこの社会で「生きている」ことそのものが、経済に貢献しているようなものなのである。

 第二章でも述べたとおり、私たちは「モノ」の生産者であり、消費者でもある。お金をどれだけ持っているかは、経済には関係がない。単純に、経済を活発化させるには供給するモノに応じてどんどん買っていけばいい、とのことにもなりかねない。現在の私たちの収入は年々減ってきており、労働環境も悪化しつつある。収入が減ってきていることで労働時間も増えてきているために、私たちが消費に充てられる時間も経済的なゆとりもなくなってきている。子どものいる家庭のみならず、ベーシックインカムはそんな日本に精神的なゆとりを与える処方箋になるだろう。

 子どもの将来への期待値に投資される労力と費用と、それを吸収する子どもがその投資の恩恵を受けて、次の世代への投資をしていくような好循環が社会の中での教育として目指されていかなければならない。だからこそ少子化解決策としてベーシックインカムを要求しなければならないのではないだろうか。
 
文責: 池田麻里 
掲責: 気ままな父さん
2012-09-22
 

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パッと目には陰謀論じゃないとみられることもある内容です。
すべて体験済のことがベースです。フィクションを書くつもりgはありません。
ま、そんな感じでオリジナルな分析で好きなこと書き込んでます。
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