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通州事件・・・「友愛精神」が招いた惨劇.html

通州事件・・・「友愛精神」が招いた惨劇 

 

引用元:根津さんのひとりごと

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-535.html の一部 通州事件について:

通州事件
 


友愛精神を踏みにじった通州事件

1937 年・・・また古い話を・・・などといわないでください。

特アや在日の人たちが主張する南京事件や、慰安婦問題、竹島問題等々、いずれも古い話です。
・・・当時、日本は満州国を建国し、東亜各国の独立を援助し、欧米列強の覇道政策に抵抗して、東亜諸国との真個共存共栄主義を打ちたてようとしていました。
その頃の中国は、国土を欧米列強に食い散らかされ、国内では、民主主義を標榜する国民党と、
共産主義化を標榜する中国共産党が、互いに火花を散らし、内乱状態が続いていました。

近年、イラク等へ国連の平和維持部隊が進駐していますが、当時も同様、内乱の続く中国に、
日本は、中国国内の平和維持活動のため、北京あたりまで兵を進めます。

日本は、盧溝橋あたりで、中国国民党軍と一緒に駐屯しますが、そこで起きたのが盧溝橋爆破事件です。

この事件は、中国国民党軍、日本軍の夜間演習中に、突然、両軍に宛てて発砲騒ぎがあり、
互いに銃を撃ち合うという事件に発展したもので、いまでは、実は最初に発砲したのは、中国共産党であり、
同党の「謀略」であったことがはっきりしている。

当時、国民党に対して劣勢だった中国共産党は、起死回生を図る為、
日本軍・国民党軍双方を戦わせて疲弊させ、「漁夫の利」(つまりは、支那全土の支配権)を得ようと考えた。

結果的に狙いは的中し、日本はその後、8年間の長期にわたって、
広大な支那大陸を舞台に「日中戦争」を戦わされる羽目になった。

「日中戦争」は、日本が中国共産党に仕掛けられ、嵌められた戦争だった訳です。

そしてその盧溝橋事件が起きた3週間後に起きた事件が、今日ご紹介する通州事件です。

通州事件は、盧溝橋事件の3週間後である1937年7月29日に起きました。

通州は、北京から18km、明朝時代に城壁が築かれた街で、天津からの集荷の拠点として栄えたところです。
運河の街でもある。北京郊外、東へおよそ18キロ。事件直前まで日本人にとっては「治安の良い」場所とされていました。
そこには日本の平和維持部隊が駐屯していた。治安のよい場所とされていたから、多くの軍関係者の妻子もいた。

通州には、親日派の「冀東防共自治政府」が通州を治めてもいた。
長官の殷汝耕は、日本人を妻にしており、しかもこの自治政府は、付近から雑兵を掻き集めて、9千人の「保安隊」を組織していた。
この中に悪魔がいた。

事件当日、通州にいた日本人は380名。このうち、軍関係者(男)は110名。残りは婦女子です。
29日午前3時。

突然、冀東防共自治政府の保安隊・・・「張慶餘」が率いる第一総隊と「張硯田」が率いる第二教導総隊、
合計で三千の保安隊・・・は突如、日本軍を襲撃します。

不意をつかれた日本兵は獅子奮迅の防戦をするけれど、3000対110名では、勝負になりません。
襲撃と同時に日本兵30名が死亡。

この戦闘の最中に保安隊は自分達のボスだった殷汝耕を拘束。

そして同時に、日本人民間人の虐殺を開始します。
そして居留日本人380名中、260名が惨殺されます。

日本人居留民の家は、一軒残らず襲撃された。

以下は、女性の読者の方には、衝撃が強すぎるかもしれないけれど、そのままを掲載します。
これが歴史の事実です。


虐殺現場を目撃した萱島高氏の東京裁判での証言
----------------------------------
旭軒(飲食店)では40から17~8歳までの女7、8名が皆強姦され、裸体で陰部を露出したまま射殺されており、
その中4、5名は陰部を銃剣で刺殺されていた。
商館や役所に残された日本人男子の死体はほとんどすべてが首に縄をつけて引き回した跡があり、
血潮は壁に散布し、言語に絶したものだった。
-----------------------------------


通州救援の第2連隊歩兵隊長代理を務めた桂鎮雄証人の供述
----------------------------------
近水楼入口で女将らしき人の死体を見た。
足を入口に向け、顔だけに新聞紙がかけてあった。

本人は相当に抵抗したらしく、着物は寝た上で剥(は)がされたらしく、
上半身も下半身も暴露し、4つ5つ銃剣で突き刺した跡があったと記憶する。

陰部は刃物でえぐられたらしく、血痕が散乱していた。

帳場や配膳室は足の踏み場もない程散乱し、略奪の跡をまざまざと示していた。

女中部屋に女中らしき日本婦人の4つの死体があり、全部もがいて死んだようだった。

折り重なって死んでいたが、1名だけは局部を露出し上向きになっていた。

帳場配膳室では男1人、女2人が横倒れ、或(ある)いはうつ伏し或いは上向いて死んでおり、
闘った跡は明瞭で、男は目玉をくりぬかれ上半身は蜂の巣のようだった。

女2人はいずれも背部から銃剣を突き刺されていた。
階下座敷に女の死体2つ、素っ裸で殺され、局部はじめ各部分に刺突の跡を見た。

1年前に行ったことのあるカフェーでは、縄で絞殺された素っ裸の死体があった。

その裏の日本人の家では親子2人が惨殺されていた。

子供は手の指を揃(そろ)えて切断されていた。

南城門近くの日本人商店では、主人らしき人の死体が路上に放置してあったが、
胸腹の骨が露出し、内臓が散乱していた。
--------------------------------

近水楼を襲撃したのは武装した黒服の学生団と保安隊だったといいます。

彼らは女中数名を惨殺、残る10数名の男女従業員・宿泊客に対して金品を強奪した後、
全員を麻縄で数珠つなぎにして銃殺場に引き出し、処刑した。


支那駐屯歩兵第2連隊小隊長桜井文雄証人
---------------------------------
守備隊の東門を出ると、ほとんど数間間隔に居留民男女の惨殺死体が横たわっており、一同悲憤の極みに達した。

「日本人はいないか?」と連呼しながら各戸毎に調査していくと、鼻に牛の如く針金を通された子供や、
片腕を切られた老婆、腹部を銃剣で刺された妊婦等の死体がそこここのゴミばこの中や壕の中から続々出てきた。

ある飲食店では一家ことごとく首と両手を切断され惨殺されていた。

婦人という婦人は14、5歳以上はことごとく強姦されており、全く見るに忍びなかった。

旭軒では7、8名の女は全部裸体にされ強姦刺殺されており、陰部にほうきを押し込んである者、
口中に土砂をつめてある者、腹を縦に断ち割ってある者など、見るに耐えなかった。

東門近くの池には、首を縄で縛り、両手を合わせてそれに8番鉄線を貫き通し、
一家6人数珠つなぎにして引き回された形跡歴然たる死体があった。

池の水が血で赤く染まっていたのを目撃した。
----------------------------------

実に悪鬼も目をそむける酷たらしい所業です。

これら、頭部切り落とし、眼球えぐり、胸腹部断ち割り、内臓引き出し、陰部突刺などは、
シナ人特有の日清戦争以来の、お決まりの惨殺パターンです。

婦女への強姦については、銃剣等で突き刺して殺害した後に、屍姦されたものも多かったといいます。

過日、終戦直後のシンガポールで、二木可南子さんという女性が、
(私が自殺したあと)「できたらどうぞ、わたくしの死骸にガソリンをかけて、マッチをすっていただきたいのです・・・」
と述べたという話を書きました。→たおやかに やまとなでしこ 咲きにけり りんと気高く たじろぎもせず
 http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-408.html
屍すら、強姦の対象にする。それがシナ人の実態だったのです。

「生きて虜囚の辱めを受けず」という東条英機氏の戦陣訓は、日本人の集団自決や玉砕の理由とされていますが、それは違う。

シナにおいて、シナ人の虐殺のむごたらしさを何度も経験させられた日本が、
生きたまま拷問殺戮を受ける悲惨に合わぬよう、むしろそのくらいなら、先に死んだ方がまし、という、
むしろおもいやりの訓陶だった。

襲撃した「張慶餘」と「張硯田」が率いる保安隊は、襲撃対象の日本人居宅を、
あらかじめリストアップまでしていたといいます。計画的な犯行だった。

そして日本人の民家を次々と襲撃し、財産を横領強奪、片っ端から日本人を殺戮し、凌辱を重ねた。
逃げ遅れた日本人は手足を縛られ鼻や喉を針金で突き通され、ひきずられ、二ヶ所に集められたうえで射殺された。
殺戮と略奪は、まる一日続けられた。

日本軍守備隊に運良く逃げ込むことができた120人だけが助かった。

運よく・・・ていうか、生き残った人は、トイレの肥だめの中にもぐって難を逃れたとか、
とにかくどの人も悲惨そのものだった。

ひとつだけ、涙なくしては語れない物語が、この事件の中にあります。

ある人が、便槽に隠れていると、外で日本人の男性の声がした。
その声は、日本語でこう怒鳴っていた。

「日本人は隠れろ!!日本人は誰も出てくるな!!日本人は逃げろ~~っ!」

必死の叫び声だったそうです。

そして、ズドンという銃声。以降、その声は聞こえなくなった。

わずか110名の守備隊に、約3000で押し入ったシナ兵。

そのシナ兵に引きずられながら、その日本人男性は、最後の瞬間まで、自分のことではなく、
他の日本人の心配をしていたのです。

だから、「たすけてくれ~!」じゃなかった。「日本人は逃げろ~~!」だった。


事件の日の夕方、前日まで通州に駐屯していた萱島無敵連隊が、事件を知り、通州に急行します。

夕方まで非武装の日本人民間人を虐殺し続けた張慶餘と張硯田率いる中国軍保安隊は、
萱島部隊がもどると聞いて逃亡。北京へ向かいました。

そして北京付近で翌30日に日本軍と遭遇、3000の中国軍保安隊は、たちまち、たちまち、粉砕された。

このとき、虐殺の指揮をとった張慶餘と張硯田は、さっと中国人の国民服である「便衣服」に着替え、
一目散に逃げ出しています。部下らは置き去りです。

張慶餘と張硯田は、その後も戦争中を生き延びました。

とくに張慶餘は中国共産党人民解放軍の中将にまで出世した。

1986年には革命の英雄気取りで、ウソ八百の回想録まで出版している。


保安対の総責任者で、日本人女性を妻にしていた長官の殷汝耕は、事件後、
日本軍の手に戻され裁判で無罪となり、犠牲者追悼の義捐金を集めたり供養搭を建てたりの活躍をしたものの、
日本の降伏後、蒋介石により「親日分子」の烙印をおされて処刑、悲運を辿った。


その蒋介石は、通州事件に先立つ1927年、以後の国民党居城となる南京に攻め込んだ時、
各国の領事館を襲撃し、領事や婦女子に暴行を加え、これを殺害。

米英は共同して砲艦でもって北伐軍を攻撃しています(南京事件)。


「それは昔のことであり、いまのシナは違う」と、まだ夢を持つ人がいるかもしれない。

違います。シナは昔もいまもかわらない。

よく「中国4千年の歴史」というけれど、中国の歴史は、統一国家としての歴史ではない。

王朝が入れ替わるごとに、凄惨な殺戮と拷殺、強姦が繰り返された歴史であり、
21世紀になったいまでも、シナは、東トルキスタンや、チベットで同様の拷殺を行い続けている。

我々の隣にいる中国という国家は、そういう国家なのだと、日本人は、もういちどはっきりと認識すべきです。

先日、朝鮮人による和夫一家殺害事件のことを書きました。
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-526.html

この事件は、和夫さんご一家に拾われて育てられた韓国孤児たちが、日本が戦争に負けるや否や、
和夫さんを集団で殺害。奥さんを輪姦し、殺害。小学生だった娘さんにまで凌辱を加え、死に至らしめたという事件です。

この事件は、たまたま事件を目撃した他の韓国人孤児が白状することで事件が明るみに出ましたが、
シナ人、韓国人の、相手が弱いと見るや、豹変して世にも惨たらしいけだものになるという点は、
彼らにまさに共通している国民性であるといって差し支えない。

そして、日本に住む在日韓国人の魯漢圭は言います。

「もはや裏社会は我々が制圧した。その暴力と経済力を背景に日本の政官財界を侵略する。
60万在日の経済力は日本経済の2割に相当し、それは実に韓国の経済力の2倍という凄まじい物だ。
経済力に加え、地方参政権によって政治力も手に入れ、やがては軍事力も手にした日には完全に日本から独立した、
世界で最も豊かな国家を手に入れることが出来る。
もはや完全に在日の奴隷状態の日本人には、在日国家の軍門に下って貰うことになる。
こうして、在日朝鮮民族はアジアの頂点に立つことが可能となり、半島と日本を実質支配する」

殺人、拷問、屍姦、嘘をなんともおもわないシナ人。
凶暴性と強姦魔の半島人。

なにが「友愛」だ。
ただの暴論です。

民主党の議員の皆さんは、もっと歴史に学ぶべきです。
自民党与党の皆さんも同様です。学ぶべきだ。

歴史は、いまを生きる者が、過去に学ぶためにこそある。


いま現在もそうです。
友愛しようとしている相手国は、親日諸国に反日思想を刷り込もうとしている。

それがまごうことない現実です。

このまま放置したら、売国政治屋によって、日本は、国内治安をめちゃめちゃにされかねない。
平和を満喫している日本が、あと数年で、凄惨な殺戮の現場となりかねない。


いま、日本の危機が、眼の前にあります。
大切な、わたしたちの子や孫の未来がかかっているんです。
眼を覚ましましょう!!

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日本視点の戦争(3/6)History of warfare of Japan

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その中に飛び込んだ経験から、陰謀論的な書き込みに見えるかもしれないけれどもが、
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ですが、普通の人には結構驚いてくれるかもしれませんね。
パッと目には陰謀論じゃないとみられることもある内容です。
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